AIデータセンターを支えるP4/INC実装ガイド:パケット内演算アーキテクチャとステート保持
AIデータセンターでは、RoCEv2を利用したGPUクラスタの大規模化が進み、SmartNICやDPU、プログラマブルスイッチを活用した高効率なネットワーク基盤への注目が高まっています。
その中でも、ネットワーク機器内部で演算処理を実行するIn-Network Computing(INC)は、通信遅延の低減やホストCPU負荷の軽減を実現する技術として期待されています。P4はこうしたINCを実装するための代表的なプログラミング言語として利用されています。
本稿では、P4によるINC実装の仕組み、パケット内演算アーキテクチャ、ステート保持設計、さらにそれらを支えるメモリ要件について解説します。
P4とIn-Network Computing(INC)の基礎
P4はネットワーク機器のデータプレーン処理をプログラム可能にする言語です。In-Network Computing(INC)はこの特性を活用し、スイッチ内でデータ処理を完結させる技術として、大規模分散システムの高速化やホスト負荷の軽減に貢献しており、通信機器の設計現場でも関心が高まっています。
P4とは何か
P4(Programming Protocol-independent Packet Processors)は、ネットワーク機器のパケット処理ロジックを記述するために設計されたドメイン固有言語です。従来のASICでは固定的だったパケット処理を、ソフトウェアのように書き換え可能にした点が最大の特徴です。P4 Language Consortiumが仕様を策定し、汎用プロセッサやFPGA、ネットワークプロセッサ、ASICなど多様な実行環境向けにコンパイル可能な設計となっています。
近年では、大規模AIデータセンターやクラウドネットワーク向けEthernet Fabricにおいて、P4ベースのプログラマブルスイッチが活用されるケースも増えています。
INCが注目される背景
従来のネットワーク処理では、パケットはスイッチを経由してホストサーバーに到達した後に演算が行われていました。しかしクラウドサービスの普及やデータ量の増大に伴い、ホスト側のCPU処理負荷や通信往復によるレイテンシが大きな課題となっています。INCはこの課題に対し、プログラマブルスイッチの内部でフィルタリングや集計、キャッシュ処理といった演算をパケット転送と同時に実行することで、ホストへの転送量を削減し、処理全体の遅延を短縮するアプローチとして注目を集めています。
特にAI学習クラスタでは、GPU間通信量の増加に伴い、ホストCPUを経由する処理そのものがシステムのボトルネックになるケースがあります。そのため、SmartNICやDPU、P4対応スイッチによって処理の一部をネットワーク側へオフロードするアプローチへの関心が高まっています。
ホスト処理とINCの違い
ホスト処理では、パケットはCPUやメモリを備えたサーバーに到達してから演算されるため、複雑な演算や大規模なデータ参照を伴う処理にも柔軟に対応できます。これに対しINCでは、パケットがスイッチを通過するわずかな時間の中で演算が完結するため、往復の通信を待たずに結果を得られる点が大きな利点です。ただし演算可能な処理はスイッチのパイプライン段数やメモリ容量といったハードウェア制約を強く受けるため、両者は処理内容や求める遅延要件に応じた使い分けが求められます。
P4によるパケット内演算の設計要素
P4によるパケット内演算は、マッチアクションテーブルとパイプライン構造を組み合わせて実現されます。実際のINC実装では、これらの要素をどのように配置し、どこにステートを持たせるかによって、処理性能や拡張性、実装の複雑さが大きく左右されるため、設計初期段階からの検討が欠かせません。
マッチアクションテーブルの活用
P4プログラムの中核をなすのがマッチアクションテーブルです。パケットヘッダのフィールド値と照合するマッチ条件と、それに応じて実行するアクションを定義することで、ヘッダの書き換えやカウンタ更新、フィルタリングといった処理を記述します。INC実装では、このテーブル構造を用いて集計処理や条件分岐を行い、パケット単位での演算ロジックを組み立てていきます。テーブルサイズやエントリ数はスイッチASICのメモリ資源に制約されるため、設計段階での見積もりが欠かせません。
プログラマブルスイッチのパイプライン設計
プログラマブルスイッチは、パーサー、複数のマッチアクションステージ、デパーサーという段階的なパイプラインでパケットを処理します。P4ではこのパイプライン構造そのものをプログラムとして記述するため、演算ロジックをどのステージに配置するかという設計判断が、スループットや遅延に直接影響します。各ステージで利用できる演算リソースやメモリ容量には上限があり、ステージ間でのリソース配分を誤ると、目標とする処理性能を達成できなくなる点に注意が必要です。
AIデータセンターでは、数百Gbps級の通信処理をリアルタイムに実行する必要があるため、パイプライン設計の最適化はシステム性能に大きな影響を与えます。特にSmartNICやDPUとの連携を考慮した設計が重要になっています。
P4COM・P4CEPの実装事例
INCの研究分野では、P4を用いた具体的な実装フレームワークが複数提案されています。P4COMはプログラマブルスイッチ上でMapReduceのような分散処理をスイッチ内で実現するフレームワークであり、P4CEPはスイッチ内で複数イベントの相関を検出する複合イベント処理を扱います。いずれもスイッチのメモリ資源を活用してステートを保持しながら演算を進める点が共通しており、実運用に向けてはメモリ容量と処理性能のトレードオフを慎重に検討する必要があります。
これらの技術は、ネットワークテレメトリ、AIクラスタ監視、リアルタイム異常検知、分散システム向け集計処理などへの応用も期待されています。
INC実装におけるステータス保持の重要性
INCによる演算の多くは、単一パケットの処理だけでなく、複数パケットにまたがる集計や判定を必要とします。そのためスイッチ内にステートを保持し続ける仕組みが、INC実装の性能と正確性、さらには長期運用時の安定性を左右する重要な要素となり、設計の初期段階から慎重に考慮すべき課題となります。
ステートフル処理がもたらす制約
P4によるステートフル処理は、レジスタと呼ばれる領域にカウンタやフラグといった値を保持することで実現されます。しかしプログラマブルスイッチのパイプラインは各ステージの処理時間に厳しい制約があるため、ステートの読み書きが複雑になるほど、パイプライン全体のクロック数や実装難易度が増加します。条件分岐を多用した設計は管理コストの増大にもつながるため、必要最小限のステート管理に留めるという設計思想が、開発の初期段階から強く求められます。
レジスタ・メタデータによるステート管理
P4ではレジスタと呼ばれる永続的な記憶領域を用いて、パケット間で共有する値を保持します。あわせてメタデータと呼ばれるパケット処理中のみ有効な一時的な変数を組み合わせることで、集計値の更新や条件判定に必要な状態を管理します。これらの仕組みはスイッチASICが搭載するオンチップメモリの容量に依存するため、実装可能な処理規模には物理的な上限があり、ステート数が増加した場合には、より大きなメモリ容量を持つ上位モデルのスイッチASICへの切り替えを検討する必要が生じることも少なくありません。
近年のSmartNICやDPUでは、ホストCPUの負荷削減を目的としてネットワーク処理のオフロードが進んでおり、こうした環境でも効率的なステート管理が重要な設計課題となっています。
状態保持を支えるメモリ技術の役割
ステート保持を支えるメモリの性能は、実装する層によって求められる特性が異なります。パイプライン内で参照されるステートには処理速度への追随が最優先される一方、コントロールプレーン側で集計結果を保持する層では、電源断時にも状態を失わない不揮発性と、長期運用に耐える書き換え耐久性がより一層重要になります。こうした特性の違いを踏まえた適切なメモリの使い分けが、INC実装全体の信頼性と拡張性を左右する重要な設計判断となります。
また、AIデータセンターで利用されるテレメトリ基盤では、統計情報や異常検知結果を継続的に記録する要件も増えており、不揮発性メモリの重要性はさらに高まっています。
INCのメモリ要件とFeRAMの活用
INCにおけるステート保持には、パイプライン内の高速パスとコントロールプレーン側の永続化層とで異なる要件が求められます。後者において不揮発性・耐久性を兼ね備えた有力な選択肢となるのが、FeRAM(強誘電体メモリ、FRAM)です。その特性を正しく理解することが、メモリ選定の精度向上に直結します。
ステート保持に必要な3つのメモリ要件
INCのステート保持に求められるメモリ要件は、実装する層によって異なります。パケット単位で更新される高速パスでは処理速度が最優先されるため、パイプラインステージのレジスタにはシリコンに直接組み込まれたオンチップSRAMが標準的に用いられます。一方、集計結果を永続化する層では、電源断後も記録内容を保持する不揮発性と、頻繁な書き換えに耐える耐久性が重要になり、これらの要件を満たす不揮発性メモリの選定が実装の成否を分けます。
特にテレメトリ情報や異常イベント履歴の記録では、高頻度な書き換えと電源断後のデータ保持を両立できることが重要な要件になります。
不揮発性メモリ候補の比較
コントロールプレーン側で集計値やフラグを永続化する層では、不揮発性メモリの利用が前提となります。候補となるEEPROMやFlashは大容量かつ低コストですが、書き込み前に消去動作を伴うため書き込み速度は数十マイクロ秒から数ミリ秒にとどまり、書き換え耐久性も10万から100万回程度に制限されます。これに対しFeRAM(強誘電体メモリ、FRAM)は消去動作が不要で、書き込み時間は約150ナノ秒、書き換え耐久性は10の13乗回に達し、頻繁な更新が発生する用途で優位性を発揮します。
FeRAM活用が想定されるユースケース
FeRAMが優位となるのは、書き込み頻度が高く、かつデータ消失が許されない場面です。たとえば数ミリ秒間隔で更新されるカウンタや異常検知フラグをコントロールプレーン経由で書き出す場合、EEPROMでは書き換え回数の上限に短期間で到達しかねません。
FeRAMは高速書き込みと高耐久性を両立できるため、
・P4ベースのINCシステム
・SmartNIC
・DPU
・FPGAアクセラレータ
・ネットワークテレメトリ装置
など、高頻度な状態更新が求められる通信インフラ機器との親和性があります。
また同様の要件は、800G Optical Moduleや1.6T Optical Moduleにも見られます。Optical Module内部ではCMIS管理情報、診断ログ、FECエラーカウンタ、温度履歴、DSP設定情報などが継続的に更新されるため、高耐久な不揮発性メモリが求められています。
まとめ
AIデータセンターの大規模化に伴い、ネットワーク機器そのものに演算機能を持たせるIn-Network Computing(INC)への注目が高まっています。
P4を活用したプログラマブルスイッチやSmartNIC、DPUは、GPUクラスタや大規模Ethernet Fabricの効率化に寄与する重要な技術です。
こうしたシステムでは、集計情報やテレメトリデータ、異常イベント履歴などの継続的な保存が必要となります。高耐久・高速書き込み・不揮発性を兼ね備えたFeRAMは、P4/INCシステムだけでなく、次世代通信インフラやOptical Moduleを支えるメモリ技術の有力な選択肢の一つといえるでしょう。
RAMXEEDが提供するFeRAM製品一覧
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